アンドレ・ボノム

アンドレ・ボノム

オレリアン・パルテの祖母ジゼルはヴィレ・クレッセに4ヘクタールの畑を所有していました。
当時はカーヴ・コーペラティヴ(協同組合)に葡萄を売っていましたが、
1956年、南マコンでは見られなかった、栽培家自身がボトリングまですることを祖父アンドレ・ボノムが決意と同時にドメーヌを設立しました。
しかし設立後すぐには軌道に乗らず、1956年は霜の被害、1957年は雹の被害と続き、ようやく3年後の1958年が被害なく収穫が出来ました。
その当時マコンのワインといえば、気取らないビストロで気軽に飲まれるだけのものであった中で、
アンドレ・ボノムは、コート・ドールの白のように時間と共に良くなっていくような、ワイン造りを目指したのです。
それは樽で熟成したり、熟成期間を長くすることで、マコン本来のフルーティさに、複雑味をプラスで加えることを目指したのです。
そのようなワイン造りは、当時のマコンでは、かなり稀なことであり、
そのおかげで比較的早くからアンドレ・ボノムのワインのクオリティは注目を浴びるようになり、
1960年70年代には、星付きレストランのシェフからも声がかかるようにまでなったのです。