三郎丸蒸留所|伝統と革新が交錯する北陸のクラフト
三郎丸蒸留所は、1952年の製造開始以来、深く魂を揺さぶるスモーキーな香りにこだわったウイスキーづくりを続けてきました。
一方で、この国のウイスキー文化をより豊かなものへと変えていけるよう、常にあらゆる挑戦を続けています。
守り続けてきた伝統に革新を重ねて、富山の地ならではのウイスキーを、ウイスキーへの深い愛情とともに日本全国へ、そして世界へと、発信していきます。
1862年創業・若鶴酒造の情熱の系譜
三郎丸蒸留所の母体である若鶴酒造の創業は、1862(文久2)年、清酒の伝統を礎に、1952年よりウイスキーの製造を開始しました。
冬には日本酒を仕込み、夏にはウイスキーを蒸留するという、日本の酒蔵文化が凝縮された製造スタイルを長年継承してきました。
2017年の大規模改修により新たなスタートを切った三郎丸蒸留所は、富山県のウイスキー蒸留所として伝統を継承しながら、数々の革新的な取り組みに挑戦しています。
若鶴酒造の逆境とサンシャインウイスキーの誕生
逆境を乗り越えた挑戦と再建
1927年(昭和2年)の昭和金融恐慌や戦時下の困難な状況、そして1945年の富山大空襲による影響など、若鶴酒造は幾度となく逆境に立たされました。
清酒の生産が激減する中、2代目社長 稲垣小太郎が目をつけたのは、米以外の原料からアルコールを生み出す蒸留酒の製造でした。
満州からの帰還者である深沢重敏氏を迎え入れ、1947年に「若鶴醗酵研究所」を設立。
1952年(昭和27年)7月にはウイスキーの製造免許を取得し、本格的に蒸留酒の生産に力を入れ始めます。
サンシャインウイスキーに託された願い
1952年に発売された若鶴酒造初のウイスキーが「サンシャインウイスキー」でした。
この名称は公募により決まり、当時の日本人の「戦争の中ですべてを失った日本で水と空気と太陽光線からできる蒸留酒によってふたたび日をのぼらせよう」という、復興と平和への熱い想いが込められています。
また、蒸留酒部門へ力を入れ出した矢先の1953年、火災により工場は全焼します。
しかし、地域の人々数百名による献身的な復興支援のおかげで、半年もかからず工場の再建に成功し、若鶴酒造は奇跡的な再出発を果たしました。
この復興の際に、当時日本で5社しか所有していなかった「アロスパス式蒸留器」が導入されました。

改修プロジェクトと富山発クラフトウイスキーの革新
奇跡的な復興から64年余り、蒸留所の老朽化は深刻化していました。
「北陸唯一の蒸留所を途絶えさせるわけにはいかない」という情熱から、若鶴酒造は2016年に「三郎丸蒸留所改修プロジェクト」を立ち上げ、クラウドファンディングに挑戦。目標額を遥かに超える支援を得て、2017年、三郎丸蒸留所は新たな姿で生まれ変わりました。
この改修プロジェクトで、富山のクラフトウイスキーを世界に愛されるウイスキーへ育てるという大きな夢に向けた、数々の革新的な取り組みが実現しています。
世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」を開発
北陸唯一の蒸留所である三郎丸蒸留所と、梵鐘造りの名匠である老子製作所により開発された、高岡銅器の技術から生まれた全く新しいポットスチルです。
その独自性が認められ、2022年にウイスキーの本場・英国でも特許を取得しています。
伝統とテロワールの探求
これまで使用してきたスコットランド内陸のピートに加え、アイラ島産出のピートの使用を開始し、複雑なスモーキーフレーバーを追求。
後期乳酸菌発酵を行う木桶発酵槽(樹齢約500年のダグラスファー使用)を導入し、リッチな酒質を強化しています。
循環可能材として県産杉を使用したウッドラック式樽貯蔵庫を完成させています。
未来に向けた挑戦
日本のクラフト蒸留所同士の初の原酒交換(長濱蒸溜所との「FAR EAST OF PEAT」)を実現。
成熟エール酵母とウイスキー酵母を併用する酵母培養タンクを導入し、複雑さとボディ感のある酒質を確立しました。

富山から世界へ、受け継がれる文化遺産
2025年、三郎丸蒸留所は若鶴酒造大正蔵、昭和蔵松庫とともに「国の登録有形文化財」に登録されました。
伝統を深く敬い、幾多の困難を乗り越えてきた歴史、そして「ZEMON」に象徴される革新的な精神。
富山の地に根差しながら、世界に通用するクラフトウイスキーを追求し続ける三郎丸蒸留所の情熱と挑戦の物語を、ぜひご堪能ください。
※メーカー資料より引用